センチメタルジャーニーもりた《憧れの人編》

お久しぶりです。もりたです。
今月更新したい記事とは別に書きたいことがあったので、2件同時更新します。

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🐱 訃報についての記事なのでしんみりしてます。
🐱 誰に向けてるかわからない身内話なので、ちょっと何言ってるかわかんないって人はブラウザバックか次に更新する近況報告へジャンプをお願いします。
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個人的な知り合いでもあった某人気漫画家の先生についてです。
もう一週間以上経ってるのに今さらなんだよって感じなんですけど、一次創作垢にも関わらず何度かRTで応援していた手前、訃報ツイートだけRTしてその後なんも触れないっていうのもなんなので…

突然すぎる訃報に言葉が出ませんでした。
お通夜が終わってからはかなり落ち着いてきましたけど、8月末はほんとショックで元気出なかったですね……

もともと中学校が同じで、私の創作にほんとマジで強く影響を与えてくれた子です。
小学校でちょっと絵が描けるからってイキってた私を、圧倒的画力で優しく包み込み全身の骨をバキバキに折ったあの衝撃が忘れられません(何それ?)。

中一の夏休みのしおりの表紙イラストが応募制で、先生が表紙、私が裏表紙になったあの日。
これが人生のターニングポイントだったと言っても過言ではありません。

中学一年生当時すでにデビュー作と同等の画力を持っていた(!)先生の表紙に圧巻されつつ、裏返すと私のクッソしょぼいイラストが。
選出されて紙に載ったことがこんなに恥ずかしいと感じたことはありませんでした。それまでは何か勘違いしてて、自分の絵は完成されてると思ってたんですよ。あれで?って感じなんですけど。
絵に対する姿勢がなあなあで、それ以上練習して上手くなろうと考えてなかったんです。ろくに描けないのに。

初めての強烈な敗北感と猛烈な嫉妬心で心が折れかけましたが、「もっと練習しなきゃ!」と今までにない焦燥を感じた記憶があります。
それから彼女のまねして、見たことなかった参考書とか見るようになったり、背景を描くように頑張ったりして。どういう表現がいいのかわかんなくなったらしおりの表紙を眺めたりとかもしました。同じスキルは得られませんでしたけどね。
今も下手ですけど中学生のころに比べたら格段に上達したと思います。それくらいひどかったのに慢心してました。
夏休みのしおりで負けず嫌い魂を刺激されなかったら、多分創作活動とかやるほど絵に執着しなかったんじゃないでしょうか。

接点がそれほどなかった上に私がバチクソコミュ障だったせいでそんなに話す機会はなかったのですが、雲の上の存在的な感じで常に意識してました。
化け物じみた画力を持ちながらまったく鼻にかけない謙虚な姿勢の持ち主で、すごくストイックながら人にやさしくて。絵描きとしても人としても到底かなわないですが、彼女みたいになれたらと思ったものです。

友達伝いに漫画家になったって聞いてから漫画(商業分だけですが)全部買ったんですけど、どれもさすがのクオリティです。
相変わらずの画力お化けな上にストーリーもおもしろくて悔しい。夏休みのしおりを見たときの複雑な感情が今も変わらず沸き起こっています。

友達からたびたび私のことを話題にしていただいてるとだけ聞いてて、そんなに話してないのになぜ!?とずっと思っていました。
いつか会って話がしたかったですが、それもかなわなくなってしまいましたね。
もっと仲良くなりたかったけど、緊張して上手く話せなかったのが心残りです。

ご冥福をお祈りいたします。

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